遠距離恋愛について その4

その年、というのは僕が3つ目の部署に異動した年だが、僕は彼女の誕生日に合わせて韓国で彼女とデートをすることにした。そしてそれはただのデートで終わらせるつもりはなかった。このデートで僕は彼女にプロポーズし、結婚を申し込むつもりだった。

僕は彼女と付き合う前に、まともに女性と交際したことがなかった。彼女との遠距離恋愛が僕にとって最初の恋愛であり、最後の恋愛でもある。要は多様な経験があるわけではないので、我ながらなんとなくベタなプロポーズの方法しか思いつかなかった。

韓国、ソウルに63ビルディング(63빌딩)という高層ビルがある。ソウルの中心を流れる漢江(ハンガン)という川を見下ろす、韓国有数の歴史ある建築物であり観光名所でもある。その最高階に近いフランス料理のレストランを僕は予約し、彼女と誕生日デートをすることにした。そこで僕たちは食事をし、デザートが出てきた頃に僕は改まって彼女に婚約指輪を渡し、プロポーズをした。

「僕と結婚してください。そして日本に来てくれませんか」

僕はそう言った。

その時の彼女の反応は何というか、複雑なものだった。まず、彼女は嬉しそうな顔をした。次に、うつむいてちょっと考え込むそぶりを見せた。やがて顔を上げたとき、彼女はちょっと悲しそうな顔だった。そして言った。

「ありがとう。気持ちはすごく嬉しい。私も結婚したい。でも、日本には行けない。結婚したくないわけじゃない。だから、この指輪を受け取るのは、”保留”させて。」

そう言って、彼女は婚約指輪を僕に「返却」した。プロポーズ失敗である。

僕は正直、彼女の気持ちを十分に読み取れていなかったと思う。そのころまで僕は、もしかしたら彼女が日本に来てくれるかもしれないという甘い期待を持っていた。お互い、自分の国で仕事を持ちながらの遠距離恋愛。二人とも、相手の国で留学や生活を一度もしたことが無い状態での遠距離恋愛。結婚し、一緒に住むためには、二人のうちどちらかが必ず今の生活を捨てなければならない遠距離恋愛。客観的に見ても僕たちが乗り越えるべき壁は高かった。そして、彼女が日本語が喋れない以上(僕たちの会話は全て韓国語だった)、彼女にしてみれば日本に移り住むことに対して僕以上に抵抗感があったのは間違いない。

今でこそ冷静にそう考えることができるものの、当時の僕は「もしかしたら」という一縷の望みにすがって彼女に求婚+日本移住を提案したのだった。そして結果は失敗だった。

プロポーズに失敗した僕は、落ち込んだ。正直、彼女と遠距離恋愛をする中で一番落ち込んだと言っていいかもしれない。そして、二人の将来について真剣に悩んだ。もはやこれまで、という気持ちにすらなった。当時は韓国での就職活動の糸口さえつかめていなかったのだ。

ソウルでのデートを終え、僕は飛行機に乗って東京に戻った。そして彼女とスカイプをした。そのスカイプの中で、彼女は僕の目の前で「次のデート」のためのソウル発東京行きの飛行機のチケットを予約した。

彼女は彼女なりに、僕からのプロポーズを「保留」してしまったことが申し訳なかったらしい。そして、僕たち二人の関係がまだまだ終わっていないことを示すために、わざわざスカイプしながら飛行機のチケットを取ったのだ。僕は絶望から少しずつ抜け出し始めた。今考えると、このプロポーズ失敗事件が、二人の関係の中で一番の危機だった。この事件の後、僕は韓国移住を決心した。そして、二人の関係を進展させることを急がないことに決めた。韓国での就職、韓国移住を本格的に準備することにした。(続く)

Published by Atsushi

I am a Japanese blogger in Korea. I write about my life with my Korean wife and random thoughts on business, motivation, entertainment, and so on.

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