老兵

通勤時のソウル地下鉄で、車いすの老人がスマホを持った若者とぶつかりそうになるのを見かけた。次の瞬間、老人が叫んだ。

「携帯電話なんか見ながら歩きやがって!××(罵り言葉)!」

見知らぬ人同士の間では喧嘩の時さえ丁寧語(존댓말)を使う韓国では、ちょっとびっくりするような罵り言葉が聞こえてきた。他人が一度行ったことを見て、人格まで判断するようなことがあってはならない。が、衝撃的でないと言えばうそになる。この東方礼儀の国でなかなか見ることのできない光景に接して、しばらく考え込んでしまった。

考えながら、以前インターネットで見かけたある論争を思い出していた。作家の平野敬一郎氏が『日本経済新聞』に寄稿したコラムの話である。戦後しばらく、どこ町にもいわゆる「カミナリおやじ」と呼ばれる中高年の男性がいて、近所の子供が悪さをすると叱り飛ばしてくれるという、一種の教育係としての期待さえされる存在があった。が、よく考えてみると彼ら(必ず男性だった)は、第二次世界大戦に従軍した世代だったはずだ…そうすると、彼らがちょっとしたことですぐ大声をあげるのは、実は教育というよりも、戦争で受けた心身の傷による過剰反応、いわゆるPTSD(心的外傷後ストレス障害)の一種だったのではあるまいか。そういう考察である。

日本で、「復員兵」と呼ばれる存在の社会的に存在感が薄くなって久しい。シベリア抑留帰りや「蟻の兵隊」という重大な例外は別として、第二次世界大戦で戦闘を経験した軍人は、1945年に戦闘を終えている。

一方、韓国ではその後朝鮮戦争(1950年~1953年)があった。ついで、反共の軍事独裁政権が米国との同盟を強化する目的でベトナム戦争に韓国軍を派遣している。それが1960年代から1970年代前半にかけてである。韓国での海外からの「復員」は、日本より20年後である。たとえば1950年生まれの男性が、1970年に満20歳でベトナム戦争に従軍したとして、2020年には70歳でしかない。若くはないが、全く外出できない歳でもない。その辺を歩いている老人、さっきすれ違った老人、そういう人がベトナム帰還兵である可能性は十分ある。

たとえば、『サイコだけど大丈夫』という韓国ドラマがある。同作に登場するある老人は、一見なんの問題も無さそうな好々爺だが、なぜか精神病院に入院している。彼がどうして精神病院にいるのかは、ドラマ12話で描かれる。老人がバスに乗って外出すると、バスが道路工事の現場に差し掛かる。工事に使われるドリルの音が、ベトナムの戦場での機関銃を思い出させ、老人は地獄の戦場でのトラウマが一瞬にして蘇る。老人は、50年もの間過去に囚われ、戦争のPTSDに苦しんでいるのだった。また、映画『国際市場で逢いましょう』でも、主人公の男性がベトナム戦争下の南ベトナムに出稼ぎに行き、死線をくぐるシーンが出てくる。

私自身、「ベトナム参戦戦友会」と書かれた車を街で見かけたことがある。冒頭の地下鉄で怒鳴った車いすの老人がベトナム帰りの老兵である可能性も無きにしも非ずである。平和な繁栄を謳歌する韓国社会だが、戦争や分断の傷跡は社会のあちこちにみられる。その傷の責任の多くは、突き詰めると日本軍国主義にある。韓国社会で暮らす日本からの移住民として、襟を正して向き合いたいと思った次第である。

https://www.netflix.com/title/81243992

Published by Atsushi

I am a Japanese blogger in Korea. I write about my life with my Korean wife and random thoughts on business, motivation, entertainment, and so on.

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