珍しく夜にパソコンに向かう時間が出来ました。
最近感じたことを書きたいのですが、何かというとやはり私が韓国に暮らしながら、ある意味一番神経を使っているのが、実は日本人との付き合い方なのだということです。
ツイッターでは食べ物や風景の写真ばかりで、あまり触れませんが、私はソウルで働いているようです。まあ、毎朝「俺たちのソウルメトロ」の実況をしている生活パターンからバレているかも知れません。お仕事でも、日本人と会います。とてもいい人です。
普段の生活では、めったに日本人に会うことはありません。妻も韓国人ですし、韓国での友達も大体韓国人です。韓国に住んでる日本人のお友達は、本当に本当に数が限られています。お友達でいてくれてありがとう。
さて。
仕事、生活、と来れば(?)、残りはツイッターです。ツイッターの合間に仕事と生活をしている疑惑もありますね。
ツイッターというのはご存じの通り、エコーチェンバーです。つまり、少ない声が共鳴しあって、大きな声になる場所です。
韓国に住んでる日本人というのは、世の中的には少数派です。コロナ前ですが、日本外務省の方の統計(https://www.mofa.go.jp/mofaj/toko/tokei/hojin/index.html)によると、令和元年10月1日現在の在韓邦人数は45,664人ということです。5万人いないんですね。コロナが起きてから、日韓の往来はたとえ長期ビザがあってもかなり限られていることから、今でも5万人前後であると推測されます。日本の人口が1億、韓国の人口が5千万、その中の5万人です。少ない。
しかしながら、ツイッターではそうは思えません。私は在韓邦人です。なので、在韓邦人を中心にフォローしています。そうすると、フォロー先の人たちのフォロー先の様子も目に入ってきます。気が付けば周り中在韓邦人だらけ。
在韓邦人のツイッター世界も、かなり多様性があります。一番目立つのは、留学生でしょうか。韓国が好きでまたは韓国で何かを学びたくて、若かったり若くなかったりする人たちが学び舎や街での経験を綴っています。それから数では日本人妻が圧倒的に多い気がします。名節のたびに義実家(シデク)との緊張関係が滲み出ていて、こっちまで緊張してきます。あと、数は少ないですが、現地で就職ビザを取って働いている人たちとかもいます。社会的には駐在員もたくさんいるのですが、ツイッターではあまり目立ちません。
人が集まれば争いも生まれます。これは古今東西変わることがありません。何も外国に来てまで喧嘩しなくてもという感じですが、やっぱり喧嘩は起きます。どこに住んでいる、何を食べている、何を言った、全てが喧嘩の種になります。火事(炎上)と喧嘩(罵り合い)はツイッターの華。
韓国現地での政治状況が在韓邦人も陰に陽に分断していると感じることがあり、面白かったです。文在寅大統領を支持するのか批判するのか、どんな不動産に住んでいるのか、子供にはどんな教育を受けさせるのか、まさに韓国人の悩みが在韓邦人の悩みそのものになっているのが感じられます。僕も他人事じゃない。
若いころには喧嘩があれば飛んで行った僕ですが、結婚してやはりというかこの頃は落ち着いています。喧嘩をするのも楽しいですが、ちょっと呼吸を置いて、みんなの顔を少しずつ観察しているのも楽しいです。
私は元々中国畑の人間ですが、華僑に関する本を読み漁っていた時期もあります。華僑は現地社会と決して摩擦を起こさないよう、政治的主張をせず、波風を立てず、商売に専念する。そういうイメージがあるかも知れませんが、まあおおむね正しいようです。振り返って韓国の日本人社会はどうでしょう。社会というほどの実態があまりないような気もします。駐在員は何年かで必ず帰国する。日本人街を作らなきゃならないほど食を含めた文化の違いも無い。あとは、日本人妻の割合が多いので、現地社会と溶け合っている雰囲気が強い。どうもそんな感じである気がします。はいそこ、そうじゃない人もいっぱいいるって反論をしようとしたそこのあなた、今わたしは概略図を描いているんですから。
この記事は「賢い移民生活:同胞編」と題しています。某ドラマのパロディですが、実際に賢く移民生活を送るためにはどうすればいいのか、同胞(日本人のこと)とどう付き合うべきか、しばしば考え込んでしまうのです。お仕事を頑張って経済的に成功したい!日本人社会とは関わり合いにならないまま現地で幸せに暮らしたい!そういう考えと、日本人たちとも程よく付き合って、いい感じに祖国との絆を保っていきたい…そういう考えが交互に訪れる気がします。
さらに言うと、何かの文学サークルのような人たちが回し読みしているらしい雑誌で、「在韓在日」という言葉もあるらしくて、要は日本で在日コリアンと呼ばれている人たちで韓国に暮らしている人たち、つまり「在韓在日コリアン」の人たちのことなのですが、そういう人たちは日本では韓国を意識させられ、大決心して韓国に来てみれば日本人扱いされ、みたいな僕には一生分からない深い深い心の傷を負わされて生きているらしい。日本人も在日も、韓国の地では日本語圏から来た何者か、みたいな雑なカテゴリに入れられるような気がします。だから仲間だよ、とは軽々しくは言ってはいけないけど。
いずれにせよ、同じ日本から来て韓国に住んでいる人たちというのも、詳しく見ていくとかなり色々な人たちがいて、全員と仲良くすることはもちろん無理でしょうけれど、かといってまるっきりシャットアウトする気にもなれない、何というかそういう不思議な圧を感じます。多分、賢い移民生活を送るためには、あまり旗幟鮮明に何らかのスタンスを取るのではなく、是々非々で柔軟に対処していくのが必要なのでしょう。同胞についても、程よく付き合っていくのが一番悪くない道なのかも知れません。