1. 日経新聞の編集方針・企業理念・想定読者層
日経新聞は日本を代表する経済紙であり、創刊以来一貫して経済・ビジネス分野に重点を置いてきました。社是は「中正公平、我が国民生活の基礎たる経済の平和的民主的発展を期す」とされており 、経済の安定成長を何より重視する姿勢がうかがえます。また、政治的スタンスも中道右派・保守寄りと評され、国際的には新自由主義的な立場をとると分析されています 。実際、2009年の新聞通信調査会調査で日経の論調は主要全国紙中「やや保守」と位置づけられ、読売(5.6)・産経(5.3)に次ぐ**5.2点(10点=最も保守、0点=最も革新)**という結果でした(朝日は4.4、毎日は5.0) 。このように基本路線は保守寄りですが、「中正公平」の理念も掲げており露骨なイデオロギー色は抑えています。
日経の想定読者層は経営者・管理職などビジネスエリートが中心で、読者世帯の平均年収は他紙より高く、大卒以上の割合も全国紙トップです 。このビジネス志向の読者層に合わせ、紙面は政治・外交問題でも経済的影響や国益を軸に報道する傾向があります。政府・財界との結び付きも強く、自民党政権とは政策面で比較的協調関係にあると指摘されています。実際、安倍政権期の経済政策「アベノミクス」には概ね肯定的で、財政・金融政策の路線でも日経は政府と歩調を合わせる論調でした。また、防衛・安全保障面でも現政権の軍備増強路線を後押しする報道が目立ち、ジャーナリストの望月衣塑子氏は「日経新聞は産経新聞顔負けの記事を打つようになった」とその傾向に警鐘を鳴らしています 。このように経済紙としての性格と政権・企業との近さが、日経の基本トーンを形作っています。
2. 韓国報道における日経の特性
対韓国報道のスタンスも日経の基本方針に沿ったものです。他の日本メディアと比較すると、日経は経済・安全保障の観点から韓国情勢を分析し、保守系寄りの現実主義的論調を取る点が特長です。他方、朝日新聞や毎日新聞はリベラル傾向で韓国側の主張にも一定の理解を示す論調が多く、産経新聞は歴史問題などで韓国進歩派に極めて批判的・保守ナショナリスティックな論調が目立ちます。日経はその中間に位置すると言えますが、総じて保守寄りであり、朝日・毎日ほど韓国に共感的ではなく、産経ほど極端な表現もしないというバランスです。ダイヤモンド社の分析によれば、2018年頃の日韓対立局面では朝日・毎日ですら文在寅政権に厳しい意見を述べており、各紙とも自国政府寄りの「増幅装置」として機能した面があるとされています 。その中で日経も日本政府の立場を強く反映し、韓国進歩政権への批判的論調を展開しました。
日経ソウル支局の取材体制にも特徴があります。通信社を除く日本メディアでは比較的長期にわたり人員を配置しており、経済専門紙だけあって韓国経済の分析報道に強みがあります。歴代ソウル特派員・支局長には玉置直司氏(著書『韓国はなぜ改革できたのか』『韓国財閥はどこへ行く』等)や鈴置高史氏(後述)など韓国通が名を連ねました 。特に近年注目すべきは峯岸博論説委員の存在です。峯岸氏は元ソウル支局長で韓国駐在6年半、訪朝7回の経験を持ち、朝鮮半島情勢に精通した論客です 。著書に『韓国の憂鬱』『日韓の断層』を持ち、日経電子版でニューズレター「韓国Watch」を隔週配信するなど、韓国報道のキーパーソンとなっています 。峯岸氏をはじめとする記者たちは、韓国の政治・社会を長年観察する中で日経らしい現実主義の観点から分析記事や解説を発信しており、その論調は本社の社説・記事にも反映されています。過去を振り返ると、1980年代にソウル特派員を務めた鈴置高史氏(2018年退社後も韓国観察者として執筆)も、日経在籍中から韓国の動きを辛口に分析するコラム「早読み 深読み 朝鮮半島」を展開していました 。こうした人材の系譜が日経の韓国報道を支え、他紙との差異を生んでいます。具体的には、朝日・毎日が人権や歴史問題で韓国側の主張に一定の理解を示す局面でも、日経は経済合理性や外交儀礼を重視する立場から冷静に批判・注文を付けることが多いです。逆に産経新聞ほど感情的・挑発的な表現は避け、事実関係の分析に基づきつつ韓国側の問題点を指摘するスタイルを取っています。この点で、「ビジネス寄りの理論派保守メディア」としての日経の色彩が韓国報道にも表れていると言えるでしょう。
さらに、日経は韓国国内の保守系メディアとの交流も一定程度持っています。例えば韓国有力経済紙の毎日経済新聞とは、人材研修で協力した経緯もあり 、韓国経済ニュースの相互配信(NikkeiテレコンにMK英字ニュース収録)など関係を築いてきました。このため経済分野の情報交換や視点の共有があり、保守系・財界寄りの視点を持つ韓国メディアとは報道姿勢に共通点も見られます。一例として、文在寅政権下で日経が報じた経済失政批判(後述)は、韓国保守紙の朝鮮日報も詳細に紹介し論拠としました 。こうした部分でも日経の韓国報道は他の日本紙と一線を画し、経済紙らしいネットワークと観点を活かしていると言えます。
3. 日経の重視する「現実主義・経済合理性」と韓国進歩陣営の理念政治の齟齬
日経新聞の論調の核にあるのはリアリズム(現実主義)と経済合理性です。国家間の約束や経済政策は「損得勘定」「安定性」「一貫性」で判断され、情緒的な揺らぎやイデオロギー優先の動きを嫌う傾向があります 。これと韓国進歩陣営の政治スタイルとの間にしばしば齟齬が生じます。文在寅・盧武鉉両政権に代表される進歩系は、歴史認識や対北融和、急進的な経済改革など理念や大義を掲げた政治を展開しました。例えば「積弊清算」や財閥改革、最低賃金大幅引上げ、過去の日本統治に関する強硬姿勢(慰安婦合意の見直しや徴用工問題での厳格対応)などが挙げられます。これらは韓国国民の声を背景にした価値志向の政策ですが、日経から見ると時に「理想論が先行しすぎて現実的配慮に欠ける」と映ります。
実際、日経は文在寅政権の動きに対し「感情的」「未熟」とも取れる評価を繰り返しました。象徴的なのが2015年の日韓慰安婦合意をめぐる対応です。文在寅政権が2018年に合意検証を行い事実上の見直し方針を示すと、日経は社説で「日韓合意の精神を骨抜きにする内容で極めて遺憾だ」と断じ、韓国側の態度を「慎重さと一貫性を欠く」と批判しました 。さらに「相互不信が深まれば北朝鮮の思うつぼだ。韓国の文政権には慎重で一貫性のある外交を進めてもらいたい」と注文を付けており 、感情に流されず現実を見据えよというメッセージが明確です。「慎重で一貫性ある外交」とは裏を返せば、進歩政権の外交が場当たり的で感情に振り回されているとの批判に他なりません。
また、経済面でも日経は文在寅政権の経済政策を経済合理性の欠如という観点から批判しました。2018年11月、日本経済新聞は「韓国の経済政策が一段と迷走してきた。主要経済指標が軒並み悪化。雇用も増えない。景気の減速感がさらに強まる」と論じ、文政権の看板政策である「所得主導の成長」が軌道に乗らず失速していると報じました 。さらに文大統領が経済司令塔2人を更迭した人事にも触れ、テコ入れ策に乗り出したことを紹介しています 。同じ記事で日経は「危機感を強める経済界は政府に規制緩和を要請。文政権は企業に歩み寄る姿勢もみせている。だが、大幅な軌道修正は支持基盤である労働組合などの反発を招きかねず、難しいバランスを迫られているのが実情だ」と分析しました 。ここには、政府の分配重視政策が非現実的であり結局は市場原理・企業寄りに修正せざるを得ない状況を皮肉交じりに描写するトーンがあります。「迷走」「難しいバランス」といった表現から、日経が文政権をいかに冷ややかに見ていたかが読み取れます。
こうした「感情的」「未熟」といった形容は紙面上で直接使われることは稀かもしれませんが、日経の論調全体からにじみ出る評価として進歩陣営に投げかけられています。例えば日経ビジネスオンラインなどで韓国情勢を論じていた元編集委員の鈴置高史氏は、文政権の対日・対米姿勢を「幼稚なバランス外交」と批判し、日本は相手にしなくなっているとする論調を展開しました(鈴置氏「韓国に対する日本の無視」等のコラムより) 。鈴置氏は日経退社後も保守系メディアで韓国批評を続けていますが、彼の見方は在職中の日経紙面のトーンとも通底しており、「韓国進歩派=稚拙で信頼しにくい」というフレームが存在することを示唆しています。総じて日経は**「安定・協調路線こそ合理的」**との信条から、進歩陣営の理想主義的な政策を現実離れしたものと捉え、そのギャップが冷笑的態度として表れていると考えられます。
他方で、日経は全ての韓国政権に否定的というわけではありません。むしろ保守系政権に対しては安定志向や市場重視の点で親和的です。朴槿恵政権時代には韓中接近への警戒感を示しつつも経済協力には理解を示したり、李明博政権時代にはFTA推進など市場改革を評価する記事も見られました。直近では尹錫悦政権による日韓関係改善策(徴用工問題の解決策提示やGSOMIA復元など)に対し、日経は「関係改善を歓迎する。韓国の現実的判断を評価する」といった肯定的な論調を示しています(2023年3月7日社説「韓国の決断を日韓協力深化につなげよ」等)。つまり日経が批判するのはあくまで「非現実的」と映る進歩政権の言動であり、逆に日経の価値観に沿う動きを見せる韓国政府には好意的なのです。この点もまた、日経の論調がイデオロギーというより「現実路線か否か」で決まっていることを物語っています 。
4. 韓国読者や韓国メディアから見た日経の論調評価
韓国側でも日経新聞の報道はしばしば引用・話題に上りますが、その評価は読む立場によって大きく異なります。
まず、韓国の進歩系メディア・読者から見た日経の論調は「日本保守層の代表的な見解」と映る傾向があります。リベラル紙のハンギョレ(韓国語版)などでは、日本の主要紙が慰安婦合意を支持・歓迎した事実に触れ「日本の進歩的メディアですら韓日合意の一方的履行を求めた」と失望を表明する声もありました 。例えば2015年末の慰安婦合意直後、日本の朝日新聞や毎日新聞(国内ではリベラル紙と分類されます)でさえ合意を高く評価し歓迎論を展開したことは、韓国進歩層にとって衝撃でした 。この文脈で日経はむしろ読売・産経に近い立ち位置と認識されており、「結局、日本メディアは左右関係なく自国政府寄りで韓国に冷淡だ」という印象を与えています。韓国の進歩派から見ると、日経の論調は冷笑的というより冷酷で偏ったナショナルな視点に映ることもあるでしょう。ハンギョレや京郷新聞といった進歩系メディアでは、日経を名指しして批判する記事は多くないものの、日本経済新聞を含む日本メディア全般が韓国の事情に十分な理解を示さず、自国中心の報道をしているという論調は散見されます(例:「日本のリベラルですら慰安婦合意を支持した」という嘆き )。
一方、韓国の保守系メディア・読者にとって日経新聞は参考に値する有力外国メディアです。特に日経の経済分析や政権批評は、韓国保守層が自らの主張を補強する材料としてしばしば利用します。朝鮮日報や中央日報など保守紙は、日本発のニュースを伝える際に日経の記事を引用・翻訳することが多く、文在寅政権期には日経の政権批判記事が何度も紹介されました。例えば朝鮮日報は2018年11月、「『韓国の経済政策迷走』と日経が報道」との見出しで日経記事の内容を詳細に伝えました 。そこでは日経による韓国経済指標のグラフ分析や「文政権の左翼的経済政策の失敗」といった論評をそのまま掲載し、韓国国内でも大きな話題となりました。実際に、文政権の経済ブレーンであった金広斗・国民経済諮問会議副議長はこの日経記事のグラフを自身のSNS(Facebook)でシェアし、「見たくないが見据えるべき現実だ」とコメントしています 。これは野党からの批判を受け止めた形で、日経の指摘が韓国国内の政策議論にも影響を与えた例と言えます。
また、政治分野でも2019年前後の日韓対立激化時には、日経の論調が韓国で注目されました。徴用工判決や輸出管理問題で日経は一貫して韓国側の対応を問題視する記事を出しましたが、これに対し韓国の保守系論客は「日本の有力紙でさえ韓国政府を信頼していない」として文政権批判に引用しました。逆に進歩系論客は「日本メディアは偏見に満ちている」と反発し、韓国国内の世論は割れました 。尹錫悦政権が発足した現在では、日経は尹大統領の対日接近を歓迎する報道を行っており、韓国保守層から「さすが経済紙、現実を評価している」との声がある一方、進歩層からは「日本は尹政権に都合の良いことしか報じない」と冷ややかに受け止められています。
総じて、韓国における日経の評価は二極化しています。経済・安保の観点から冷静に韓国を論じる媒体として一目置かれる反面、進歩派に対しては上から目線の批評が多いメディアという印象も持たれています。韓国メディア自身、日経の論調をウォッチしており、その内容が韓国国内政治の論争に利用されることもしばしばです。例えば、日経が「尹錫悦政権の外交は現実的だ」と評価すれば保守派は歓迎し、日経が「文在寅政権の対応は感情的だ」と批判すれば進歩派は反発するといった具合です。日経新聞は日本国内だけでなく韓国でも影響力のある外国メディアとして位置付けられており、その論調は韓国の新聞・テレビでも紹介され政治家の発言にも引用されます。しかしその受け止め方は、韓国社会のイデオロギー対立を反映して正反対となりがちです。
要約すれば、韓国の読者・メディアから見た日経の論調は「日本の保守エスタブリッシュメントの代弁者」という色彩が濃く、進歩陣営には否定的・懐疑的、保守陣営には共感的に映ります。その評価は韓国側の立場によって賛否両論ですが、日経の記事が韓国の政策決定や世論形成に影響を与える場面も確認でき、決して無視できない存在として認識されています。
総合的な結論
日経新聞が韓国の進歩系勢力に対して冷笑的・懐疑的な論調をとる背景には、日本の経済新聞としての立場と価値観と韓国進歩政権の政策スタイルとのギャップが横たわっています 。日経は経済の安定・発展を至上命題とする企業理念を持ち、読者も企業幹部層が中心です。そのため、政治外交においても経済合理性や国際協調(日本の国益に適う安定路線)を重視し、日本政府(特に自民党政権)の主張に沿った視点で論評しがちです。
一方で韓国の進歩派政権(文在寅・盧武鉉政権)は歴史問題での強硬対応や南北関係改善、急進的な経済改革など理念優先の政治を行いました。これは国内支持層の声を反映したものですが、日経から見ると国際常識や経済論理にそぐわないケースも多く、結果として「思慮に欠ける」「感情的」といった辛辣な評価につながりました 。実際、慰安婦合意の再交渉要求には「極めて遺憾」 、急激な最低賃金上昇には「迷走」という表現で、日経は進歩政権を批判しています 。このギャップが冷笑的な論調として表出し、日経紙面では進歩派の政策は非現実的で不安定、保守派の路線は現実的で安定という図式が強調される傾向にあります。
さらに、長期にわたるソウル特派員経験者(峯岸博氏など)の存在も日経の論調形成に寄与しました。現地での取材経験豊富な記者が現実主義の立場から韓国政治を分析し、それが本社の社説や解説記事に反映されることで、進歩陣営への批判が一貫したトーンで発信されてきました 。この結果、日経読者には「韓国の革新政権は感情先行で未熟」「保守政権は安定志向で信頼できる」との印象が醸成されていったと考えられます。
韓国側での日経に対する評価は二分されています。韓国保守層・メディアは日経の指摘を客観的な第三者評価として歓迎し、自国の進歩政権批判に引用するなど積極的に利用しました 。実際に日経の記事が韓国政府高官の発言や政策見直しに影響を与えた例もあり 、日経の論調は韓国内の政治議論にも組み込まれています。他方で韓国進歩層・メディアは、日経を含む日本メディアの論調に反発し「偏った見方だ」と批判しました 。このように日経の韓国報道は韓国国内でも賛否両論を巻き起こしますが、それ自体が日経の影響力の裏返しとも言えます。結局のところ、日経の韓国進歩派への冷笑的態度は、日経が掲げる現実主義・経済合理性の基準から見て韓国進歩政権が逸脱しているとの判断に基づくものであり、それは日本側エリートの視点から韓国政治を論評した結果でもあります 。この構図は今後も基本的に続くとみられ、韓国で政権交代が起これば日経の論調もそれに応じて厳しさと柔軟さを使い分けることになるでしょう。
出典の分類
新聞・雑誌: 日本経済新聞社説(新聞協会報による引用) 、朝鮮日報(日本語版、文政権の経済政策批判報道) 、ハンギョレ新聞(日本語版、慰安婦合意に対する日本メディアの反応分析) 、JBpress(日本のオンライン誌、望月衣塑子記者インタビュー記事) 。 学術・業界資料: 日本新聞協会『新聞協会報』紙面モニター 、日本経済新聞社史・沿革(Wikipedia経由、社是と論調・読者層データ) 、ダイヤモンド・オンライン特集記事(日韓メディア論調比較) 。 記者・関係者の発言: PR TIMESプレスリリース(日本経済新聞社、峯岸博論説委員の経歴・著書紹介) 、韓国政府関係者のSNS言及(金広斗氏が日経記事を引用 )、鈴置高史元編集委員の寄稿(JBpress等での韓国政権批評 )。 その他政府・国際機関資料: 韓国大統領府発表・日本政府発表(本文中で言及のみ。参考: 2023年韓国外交部発表内容に対する日経社説)など。今回直接引用はしていませんが、論旨展開に当たり外交問題に関する政府発表内容も参照しています。