韓国で外資系半導体商社に勤める日本人営業マンが、未経験から5年で累計売上100億円規模を達成。Inside Salesの工夫と子育てとの両立、そして年収10億ウォンを目指す次のステップを綴ります。
2020年7月、僕は韓国である外資系の半導体商社に入社しました。
それまで日本でキャリアを積んできた僕にとって、それは「生活の場としての韓国」から「仕事の場としての韓国」への本格的な移行でした。
当時はまだ子供もいませんでした。けれど、人生を大きく動かすタイミングだったことは間違いありません。
あれから5年が経ち、累計売上は100億円規模に達しました(実績ベースで63ミリオンドル超。為替によってはこれを上回ることもあります)。
中小企業から大手メーカーまで、200社以上とやり取りを重ね、案件を一つずつ積み上げてきた結果です。
今回は、そんな僕の5年間の営業人生を、少し振り返ってみようと思います。
1. 韓国で外資系に転職した理由
大学卒業後、日本の大手メーカーで働きながら、僕は「どうすれば韓国に移住できるか」をずっと考えていました。
きっかけは、韓国人の妻と結婚を見据えた将来設計です。
語学留学、ソウル大学の英語MBAプログラム、スタートアップでの経験を経て、ようやくたどり着いたのが現在の会社でした。
業界は半導体のB2Bトレーディング。世界中の在庫を探し、日本や韓国などのメーカーに納品するという、スピードと信頼が命の仕事です。
面接で言われた一言、「営業経験ゼロでも、数字で示せればチャンスはある」。
この言葉が、僕の次の5年を決めました。
2. 売上100億円規模をつくるまでの5年間
最初の1年は本当に苦しかった。
業界知識もなければ、調達ルートもなく、何より日本の大手メーカーに電話をかけること自体が怖かった。
でも、ある日ふとしたきっかけで出した1件の見積が通り、初受注につながった。
そんなある日、西日本で発生した半導体工場の火災が転機となった。
それまでまったく相手にされなかったような大手企業から、逆にこちらに見積もり依頼が届くようになったのです。
この火災をきっかけに、業界全体が不安定になり、「いつもの調達ルートに頼れない時、誰に相談するか」が問われる時代が始まりました。
もちろん、運の要素は大きかった。
でも、僕はその運を掴めるよう、日々淡々と「断られても連絡を続ける」営業活動を続けていた。
だからこれは、運だけではなく、自分の実力だと信じたい。
数字で言えば、累計で100億円に迫る売上(63ミリオンドル超)。僕にとっては、ただの金額ではなく、信頼と執念の積み重ねです。
3. Inside Salesの現場で実践したこと
僕の仕事は**Inside Sales(内勤営業)**です。
電話・メール・チャット・Zoomを使って、すべてをリモートで完結させるスタイル。
最初は「訪問しない営業って信頼されるの?」と不安でしたが、結論から言えばむしろ効率が良く、深い関係も築けます。
以下は、僕がこの5年で特に意識してきたことです:
- CRMとExcelを徹底的に活用すること 案件管理、リマインダー、送付履歴などをすべて可視化。
- LinkedInを使って適切な担当者にアプローチすること アポが取れない時の突破口に。
- 言語を「強み」に変えること 日本語・英語・韓国語を使い分け、社内外で相手に合わせた温度感で提案。
大きな案件は、技術よりも信頼が決め手になることが多い。
その信頼を、画面越しでも築けるように、細部まで丁寧にこだわってきました。
4. 双子の父として、働くということ
営業が板についてきた頃、僕の人生には新しい転機が訪れました。
双子の男の子が誕生したのです。
出産後すぐの2週間は산후조리원(産後ケア施設)を利用し、その後はシッターさんにも助けられながら、夫婦二人三脚で子育てをしてきました。
でも、やはり大変。定時で仕事を終えた後に、もう一つの仕事が始まる感覚。
「自分の時間がない」なんて嘆いてる暇もなく、
日々を乗り越えることが、最大の成果になっていきました。
それでも、自分の仕事にプライドを持ち続けられたのは、
「父であること」「営業であること」「学び続けること」
この三つを、どれも諦めずに生きると決めたからです。
5. 次の5年へ——年収10億ウォンと、その先へ
営業という仕事は、成果がすべてです。
だからこそ、次の目標は明確に掲げたい。
「年収10億ウォンを毎年、安定して得られる仕組みを持つこと」
それが、今の僕の人生設計のゴールです。
手段は一つに絞りません。
営業のスキルを最大限に活かしながら、
- 韓国での一人法人設立(サブスク費用の法人経費化)
- ブログやLinkedInを通じた知的発信
- ChatGPTを使った自己強化と営業最適化
- 「自分を知る・顧客を知る・提供価値を磨く」思想の定着化
こうした多面的な取り組みを、5年間で仕組みにしていきます。
おわりに
「営業=消耗戦」と思っていた自分が、
「営業=表現と創造の場」としてこの仕事を捉えられるようになった。
その変化が、何よりの成果かもしれません。
5年前は想像もできなかった今があるように、
5年後、想像を超える未来を手にするために、
今日も淡々と、でも戦略的に、積み上げていきます。