大人には、紙の手帳を眺める時間がもっと必要だと思う

最近、久しぶりに紙の手帳を買った。
ページを開いて、ただカレンダーをぼんやり眺めているだけなのに、
なぜだか「もっと計画的に働かなければ」という気持ちが自然と湧いてくる。

不思議だけれど、同時にとても健全な感覚だと思う。

大人になると、仕事や家庭や将来のことなど、
目の前の情報を処理するだけで一日が終わってしまう。
スマホのカレンダーも便利ではあるのだけれど、
そこには通知やタスクや他人の情報が混ざり込み、
どこか“自分の時間”を見失いやすい。

その点、紙の手帳は静かだ。
紙の質感、ページの厚み、余白の広さ。
そこにあるのは、必要最低限の情報と、手を止めて考えるための空間だけ。
予定がぎっしり書かれていなくても、不思議と心が整っていく。

「この空白をどう使おうか」
「来月の自分はどこに向かっているだろうか」

そんな問いが、自然と浮かんでくる。

スマホでは起きない感覚だ。
効率が良すぎる画面は、考える前に答えを出してしまう。
一方、紙の手帳は、考えるための余白を残してくれる。
その余白こそが、大人になればなるほど必要になるものだと思う。

忙しいと、未来なんて考えている余裕がないように思えるけれど、
実は逆で、少し立ち止まる時間を持った方が、
毎日の判断が静かに、確実に良くなっていく。

手帳を眺めている時間は、
「仕事していない時間」ではなく、
むしろ「自分の未来を整える時間」なのだ。

そんなことを、紙の手帳を眺めながら思った。

Published by Atsushi

I am a Japanese blogger in Korea. I write about my life with my Korean wife and random thoughts on business, motivation, entertainment, and so on.

Leave a comment