https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD120LR0S6A110C2000000/?n_cid=dsapp_share_ios
■ 記事の概略紹介
日経新聞の本記事は、中国が高市政権に対して連日連夜の強硬な批判キャンペーンを展開している状況を描き、その狙いと「誤算」を分析している。
中国共産党の宣伝機構を総動員した対日圧力、輸出規制や観光制限、さらにはレアアース輸出制限という「切り札」をちらつかせる動きまでを整理しつつ、筆者は次のような構図を提示する。
・中国は「高市政権は基盤が弱い」「圧力をかければ折れる」と誤認した
・しかし実際には、対中強硬姿勢が日本国内で支持率を押し上げた
・その結果、中国の圧力は裏目に出て、高市政権の延命に寄与している
記事全体を貫くトーンは、「中国は日本政治を理解していない」「やりすぎた結果、逆効果になっている」という冷笑的な分析であり、日本側の姿勢や歴史認識そのものは、ほとんど問題として扱われていない。
しかし私は、この論調そのものに強い違和感を覚える。
中国が高市政権に反発する理由を、
「内政理解の不足」
「プロパガンダの暴走」
「戦術的ミス」
として処理するのは、本質から目を逸らす行為だ。
問題の核心はもっと単純で、かつ重い。
日本が、かつての軍国主義と侵略の歴史を、いまだに正面から清算していないこと。
そして高市政権が、その未清算性を「開き直り」という形で体現していること。
ここにこそ、中国の怒りの正当性がある。
中国側の視点に立てば、
・歴史修正主義的な発言
・台湾有事をめぐる強硬な国会答弁
・戦後秩序に対する挑発的な態度
これらはすべて、「反省を終えた国家」ではなく、
「反省を拒否する国家」から発せられているように映る。
日経記事は、中国の宣伝手法の「異様さ」を強調するが、
それは怒りの表現方法を問題にしているだけで、
怒りが生まれた原因には踏み込まない。
だが、歴史的加害の記憶を背負わされた側にとって、
「冷静で上品な抗議」だけが許されるという道理はない。
中国の強硬姿勢は、
日本が過去を十分に反省していないにもかかわらず、
戦略的・軍事的に再び前に出ようとしている、
その二重構造に対する、極めて一貫した反応である。
それを「やりすぎ」「誤算」「理解不足」と評するのは、
日本側の自己正当化に過ぎない。
■ まとめ
本来問われるべきなのは、
中国の圧力が日本の政局にどう影響したか、
高市政権の支持率がどう推移しているか、
といった政治技術論ではない。
問うべきは、どちらが歴史と正面から向き合っているか、
どちらが過去の加害を自国の問題として引き受けているか、という点だ。
その意味で、少なくとも現時点では正義は中国側にある。
日本は「戦後」を生きているが、
中国にとって日本の過去は、まだ終わった歴史ではない。
それにもかかわらず、反省ではなく開き直りを選ぶ政権が現れ、
それを「国内政治的には成功」と評する言説が主流になる。
この構図こそが、日中対立を深めている真因である。
中国の強硬姿勢を笑う前に、
日本はまず、自らの歴史認識の浅さと向き合うべきではないか。
それを避け続ける限り、日中関係は決して安定などしない。