日本にとって韓国は「忘れ得ぬ他者」である

日本出身者として韓国で生活していると、不思議なことがある。

インターネットの時代なので、韓国であろうと日本語の情報には不自由しない。ところがこれには落とし穴があって、その日本語の情報というものがかなり怪しいのである。

検索サイトに行ってみる。韓国住みなので、韓国での出来事もどう報道されているかを覗きに行く。それを繰り返していくと、自分のヤ〇ーサイトのトップページに韓国関連の記事がお勧めで出て来やすくなる。そう思っていた。

ところが、別に韓国住みではなくても、日本では韓国の話題に事欠かないらしい。KPOP?韓国ドラマ?そういう話題ではない。

日本では韓国のことが話題になり続ける。それはエンターテイメントではなく、主に政治、それも韓国の国内政治が話題となっているらしい。いわく、与党政治家にスキャンダルがあった。いわく、若者の失業率が最悪だ。いわく、競争社会で人々が絶望している、等々。

日本は理想郷なので国内での社会問題をすべて解決してしまって、退屈なので隣国の心配をしているのだろうか?習近平は中国の人権問題に何かと口出しをする西洋人を指して、あれは「吃饱了没事做的外国人(お腹がいっぱいになるまでご飯を食べたので、やることが無くなってヒマな外国人)」であると皮肉ったことがある。日本人もお腹いっぱいなのでじゃあ外国の心配でもしてあげるかとなったのか?どうもそうではないらしい。

韓国と違って日本政治に腐敗はないのだろうか?そんなことはない。スキャンダルの連続である。日本では若者の失業問題は存在しないのだろうか?お兄さんそれ僕の友達の前で言える?日本は競争社会ではないのだろうか?いやいや自分の人生振り返ってみてくださいよ。

全て、日本でも問題になっていることである。なのになぜか韓国のことばかり報道し、まるで韓国に比べて日本はマシであると書くことで安心したがっているかのようだ。

いやいや即断は良くない、何か考えるヒントは無いだろうか、そう思いを巡らせていると、ある本を思い出した。

日本史、特に明治維新研究の大家であり、東京大学名誉教授の三谷博が書いた『愛国・革命・民主:日本史から世界を考える』筑摩選書、2013年である。

私は、この本で紹介されている、「忘れ得ぬ他者」という概念に改めて感銘を受けた次第である。

「忘れ得ぬ他者」とは何か?簡単に言うと、近代国家が成立する際には、「分かりやすい敵」であるとか、「憧れの外国」のような存在が必要である、という考え方である。

日本は、古代以来ずっと中国文明にあこがれてきた。漢意(からごころ)に対抗して、大和魂(やまとだましい)を喧伝してみた本居宣長は、そんなコンプレックスを一人で背負っている代表格である。あこがれて、でもそれにはなれなくて、いつまでも想い続ける。これも「忘れ得ぬ他者」である。

逆に、敵愾心から忘れたくても忘れられない対象になることもある。アメリカ合衆国は、独立革命の仇敵であった英国を永遠に忘れることはない。中華人民共和国は、半封建半植民地であった近代中国の弱みに付け込んで侵略戦争をしかけた日本を永遠に忘れることはない。結局、そうした苦難の戦争を乗り越えて国家を建設できたと言えば聞こえはいいが、だからこそいつまでも忘れることはできない。これも「忘れ得ぬ他者」である。

三谷博の議論で大事なのは、日本にとっての「忘れ得ぬ他者」は、古代以来ずっと中国だったのに、日清日露戦争で急激に影が薄まり、太平洋戦争の敗戦によりほぼ完全に中国は「忘れられた」(そしてアメリカが「忘れ得ぬ他者」となった)ということである。大急ぎで付け加えると、冷戦以降、日本人は中国を「思い出した」。中国の国力が回復するにつれ、日本人は再び中国を忘れられないようになっている。

と、ここまでが三谷の議論なのであるが、どうもここに韓国というファクターを補充しなければならない気がしている。

日本の言論空間を見るに、韓国について報道しない日は無い。いや、報道とさえ言えない、下世話な、貶めるような、植民地主義そのものの言説が日々垂れ流されている。

だが、ただの植民地主義、卑下するような言説であると一蹴するには、何だか屈折したものがあるような気もしていて、その理由をうまく説明するのに苦労していた。

三谷博の言う「忘れ得ぬ他者」ではそれがうまく説明できてしまうのである。三谷のモデルの中では、新しい国家を建設する時に引き合いに出される外国(好意的であれ敵対的であれ)が必要であるということだが、冷戦後経済停滞に苦しむ日本は、無意識のうちに敵対する国家を必要としていたのではないだろうか?もちろん、日本社会にもともと存在していた植民地主義的、民族差別的な情緒も大きいだろうが、それにしても他者を媒介にしてしかもはや社会をまとめられなくなっているのではないだろうか。

日本にとって韓国は「忘れ得ぬ他者」になった。忘れられないので、毎日韓国のことについて報道せざるを得ない。韓国無しでは日本をまとめられないのである。

Published by Atsushi

I am a Japanese blogger in Korea. I write about my life with my Korean wife and random thoughts on business, motivation, entertainment, and so on.

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