「A-list assassinations」― The Economistで出会った忘れられない比喩

英語を長く勉強していると、「意味は分かるが、なぜそんな表現を使うのか分からない」という文章に出会うことがあります。

先日、The Economistのワールドカップ特集を読んでいて、そんな一文に出会いました。

As with A-list assassinations, veteran fans remember where they watched their side’s greatest feats and most painful defeats, and with whom.

直訳すると、

「著名人暗殺事件と同じように、ベテランファンは自国代表の最高の勝利と最も痛い敗北をどこで誰と見たかを覚えている」

となります。

最初に読んだ時は、

「なぜワールドカップと暗殺事件を比較するんだ?」

と思いました。

しかし、少し考えてみると、実に巧妙な比喩です。

例えば、

・ケネディ大統領暗殺
・9.11同時多発テロ
・東日本大震災
・安倍元首相銃撃事件

こうした歴史的事件について、人々は単に事件そのものを覚えているだけではありません。

「その時、自分はどこにいたか」

を覚えています。

テレビを見ていた。
会社にいた。
学校にいた。
家族といた。

そうした個人的な記憶が、歴史的な出来事と結びついているのです。

The Economistの筆者は、

「ワールドカップも同じだ」

と言っています。

日本人なら、

・1998年 フランス大会
・2002年 ベルギー戦
・2010年 パラグアイ戦
・2022年 ドイツ戦

などを見た場所や、一緒に見ていた人を覚えている方も多いのではないでしょうか。

試合内容そのものだけではありません。

その頃の自分。

当時の仕事。

学生時代の友人。

もう会えなくなった家族。

そうした人生の断片が、ワールドカップの記憶と一緒に保存されています。

だから筆者は続けてこう書きます。

The World Cup is a machine for memories.

「ワールドカップは記憶を生み出す機械である。」

なんとも美しい表現です。

さらに記事の後半では、

The World Cup is a quadrennial festival of hope.

という一文も出てきます。

quadrennialとは「4年に1度の」。

つまり、

「ワールドカップは4年に1度の希望の祭典である」

という意味です。

人々は毎回、

・ロスタイムの奇跡
・番狂わせ
・黄金世代の覚醒
・長年の挫折からの復活

を信じます。

現実ではなかなか起きないことを、ワールドカップの間だけは本気で期待する。

だから希望の祭典なのです。

英語学習者として面白いのは、こうした表現が単なる単語力では理解できないことです。

A-list assassinations

という表現自体は辞書で引けます。

しかし、

「なぜここで暗殺事件を持ち出したのか」

まで考えると、英語の背後にある文化や心理学、人間観まで見えてきます。

私は英語学習において、こういう瞬間が一番好きです。

英語を日本語に変換するだけではなく、

「この人はなぜこの比喩を選んだのか」

を考え始めると、英語は語学から教養へと変わります。

The Economistを読んでいると、時々こういう面白い一文に出会えるのです。

Published by Atsushi

I am a Japanese blogger in Korea. I write about my life with my Korean wife and random thoughts on business, motivation, entertainment, and so on.

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