「Kumbaya」――英語圏の保守派が嫌う“お花畑”を表す一言

最近見ていたインタビュー動画の中で、面白い表現に出会いました。

That wasn’t just some kumbaya…

話者はレーガン大統領の核戦争観について説明していました。

彼はこう言います。

Reagan came out and said, “A nuclear war can never be won and must never be fought.”

(核戦争に勝者はいないし、決して戦われてはならない)

そして続けて、

That wasn’t just some kumbaya that his wife had or someone else had told him.

と言いました。

Kumbayaとは何か?

もともとはアフリカ系アメリカ人の宗教歌のタイトルです。

Kumbaya, my Lord, kumbaya…

という有名な歌で、意味としては「主よ、ここに来てください」という祈りの歌です。

ところが現代アメリカ英語では、まったく別の意味で使われることがあります。

それが、

現実を見ない理想主義

「みんな仲良くしましょう」的な発想

です。

日本語で言うと?

今回の文脈なら、

「それは単なるお花畑な話ではなかった」

という意味になります。

話者が言いたかったのは、

「レーガンが核戦争反対を語ったのは、平和運動家に影響されたからではない」

ということです。

続く部分では、

It was clearly based on classified military research.

(それは明らかに機密の軍事研究に基づいていた)

と言っています。

つまり、

「核戦争の恐ろしさを感情論で語ったのではなく、軍事シミュレーションや機密分析を見た結果として結論に達した」

という主張です。

面白いのは単語そのものより背景

英語学習をしていると、辞書には載っていても実際には見かけない単語がたくさんあります。

しかし kumbaya は逆です。

学校英語ではまず習いません。

TOEICにも出ないでしょう。

ところが政治、外交、安全保障、あるいはアメリカの保守系論客の発言では時々登場します。

例えば、

That’s just kumbaya thinking.

と言われたら、

「それは理想論だ」

ではなく、

「それ、お花畑じゃない?」

くらいの皮肉が込められています。

私が面白いと思った理由

私は長年英語を勉強していますが、この単語を知ったのは最近です。

単語帳にはまず載っていません。

しかし実際のネイティブの議論では、

「理想主義者を揶揄する言葉」

として普通に使われています。

こういう表現に出会うと、

英語は単語の意味だけでなく、その国の文化や政治的背景まで含めて理解しないと本当には分からないのだなと感じます。

そして今回の収穫は、

kumbaya = お花畑

という非常に覚えやすい対応関係でした。

Published by Atsushi

I am a Japanese blogger in Korea. I write about my life with my Korean wife and random thoughts on business, motivation, entertainment, and so on.

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