2021年4月振り返り

4月は政治のツイートが中心に拡散されたようです。やっぱりコロナの被害状況と政治への関心度はある程度比例するみたいですね。昨年5月に大拡散したときも、結局初めての非常事態とゴールデンウイークがかぶって人々が暇で家にいたからツイッターばかりしていたところに、僕が「反日」っぽいツイートをしたので憂さ晴らしに叩いていたのでしょう。

多くは語るまい。「2千万の感染者を出せば日本は勝てます」とでも思っているんですかね。

コロナと言えば、正直去年1年の経験はどこの国でも参考にならなくなる気がしています。

インドとかの様子を見てみると分かると思います。感染症に限りませんが、遺伝子変化というのは、母集団が大きいほど変化が起こる可能性が大きくなるため、コロナ放置戦略は培養の効果しか無いと2020年3月くらいから僕は言っています。

コロナだけじゃなくて、日本が放射能汚染水を太平洋に流し始めるというニュースも記憶に新しいです。

そうそう、誰よりも日本の住民が一番困るんですよね。また、僕みたいに海外に住む日本人にとっても肩身が狭い。

あと、4月は水原に行ったんですよね。京畿道・水原。

水原は美しかった。街全体を華城(ファソン)の城壁に囲まれていて、その城壁と内外の街が見事に調和していて素晴らしい雰囲気でした。

僕は中国の南京という、同じく城壁に囲まれた古都に1年間留学していたので、南京と雰囲気が似ているとも感じました。水原も南京も、歴史があって落ち着いたいい街です。

あと4月は、キンドルをPCで読めることに気が付いたのが地味に嬉しい発見でした。早速、今までキンドルで読んできた本のハイライトをPCでまとめてブログ記事にまとめるという面白い遊びを始めました!

さて、足元では色々ありますね。経済状況としては、まあ来年位からはある程度浮上しそうな気がしています。が、それもワクチンがどのくらいコロナを防げるのか、特に変異種に対してどのくらい強いのかにかかっていると思います。

自分自身は、職業人としてまだまだ力不足を感じる場面が多かったです。お陰様で非常に忙しいですが(じゃあなぜ水原なんか行ってるんだとかツッコまないように)、忙しい分技量を問われる面が多い気がします。やるべきことをしっかりやる、そういう当たり前なことをどれだけこなしていけるかという、ビジネスマンの足腰が見られている気がします。

5月もしっかりやっていきたいですね。

#韓国

直訳という思想

「誰が彼女をそうさせたのか?」のような文は一発で直訳と分かる。つまり “What has made her do so?”のように、日本語では不自然な文だが、英語では自然な文を、無理矢理英語のニュアンスを残したまま訳した文であるということである。

日本語は漢文を直訳することで文語を発展させてきた歴史があるので、明治以降、近代化の過程で、英語等の西洋語を直訳することが行われてきた。だが、ある時点でそういう「直訳」の努力が失われたと思う。

日本が今後、先進国である韓国に学んでいくためには、まさにこの「直訳の思想」を取り戻さなければならない。そのためには、韓国語を日本語に直訳することを受け入れる必要がある。日本のやり直しはそこから始まる。

Yahoo嫌韓記事・嫌韓コメントに関する小意見

Yahoo嫌韓記事・嫌韓コメントに対しては断固たる措置を取り続ければ必ず無くすことができる。嫌韓とは単なる弱い者いじめの劣情の発露でしかなく、一切の論理性を欠いた社会的な病気なので、韓国が強いと分かれば嫌韓をしている連中は素知らぬ顔をして攻撃の対象を別に移すであろう。

それまでが問題だが、まずはYahoo嫌韓記事・嫌韓コメントの「生態系」を正確に認識する必要があると思う。

・誰が書くのか

・誰が読むのか

・誰がお金を払うのか

・誰がお金を受け取るのか

この4点について、把握する必要がある。

ウェブ上では、良心派市民が「誰が書くのか」「誰が読むのか」についてある程度議論を進めている。だが、「誰がお金を払うのか」「誰がお金を受け取るのか」についてはまだわかりにくい。契約関係などもあり、外部から窺うのは限界がある。しかしながら、把握すべきである。

『大清帝国への道』と多民族国家の萌芽

多民族国家・中国の直近の基層と言える清朝だが、その多民族性の萌芽は既に入関前から見られるという指摘がとても勉強になりました。

ここ に 成立 し た 大 清 国 の 支配 構造 は、 満 旗( 満・蒙・漢)・漢( 長城 以北 の 農耕 地域)・藩( 内 モンゴル 地域) から 成っ て い た。 長城 以北 の 漢族 農耕 地域 を 直接 統治 下 に、 外藩 の 内 モンゴル 地域 を 間接 統治 下 に 置く この 構造 は、 東北 部 における 満・蒙・漢族 の 統合 を 象徴 する と 同時に、 入 関 後 の 清朝 最大 版図 時 における 支配 構造 の 雛形 を なす もの で ある。 この 時代 の 政治 上 の 動向 は、 入 関 を 経 て 乾 隆 二 〇 年代 に 最大 版図 を 形成 する に いたる 清朝 における 政治 上 の 流れ の まさしく 源泉 で あっ た。 大 清 国 は、 多 民族国家 として の 規模 を 拡大 さ せ た という 点 で、 アイシン 国 の 政治 体制 を 一歩 進展 さ せ た もの と 捉え られる。

石橋崇雄
大清帝国への道 (講談社学術文庫)
第二章 民族統合・建国から大清国の成立──初代ヌルハチと第二代ホン=タイジの時代

男性特権に関する簡単な考察

太田 啓子『これからの男の子たちへ: 「男らしさ」から自由になるためのレッスン Kindle Edition』大槻書店、2020年を読了した。

その中で一番印象的だったのが、ある教授の言ったとされる言葉である。

講義 名 に「 女性 差別 について」 と 掲げ た とき より「 男性 特権 について」 と 掲げ た とき の ほう が、 男子 学生 の 食い つき が よかっ た そう です。 女性 差別 は 自分 たち に 関係 の ない 話 だ と 思う けれど、「 男性 特権」 だ と 自分 たち に どんな 特権 が ある のかと 興味 を もつ という こと です ね。

私は男性であるので、何となく納得がいく。女性差別の問題であったり、フェミニズム問題について、自分で語るのは難しい。分かったつもりになっても、例え善意であっても、相当難しいと感じている。

しかし男性特権についてならもしかして書けるかもしれないと思う。それはそれで難しいが、少なくとも自分を主人公としてジェンダーの問題について迫る試みにはなると思う。

男性が男性特権について書くことは、おそらく「自分が普段何気なく行っていることは、他の誰かにとっては出来ないことであり、自分が何気なく行えるのは他の誰かが犠牲になっているからだ」ということの発見のプロセスになるのだと想像する。

僕は朝起きて服を着て電車に乗って会社に行く。男の僕は普通に電車に乗るが、女性にとっては痴漢や暴力の危険を常に意識している結構命がけな行為かも知れない。

会社では、まあ僕の会社はかなり特殊だが、僕を始め男性は出産を自分でしないので、そこでキャリアが止まることは想定せずお仕事に励める。だが女性は出産をするポテンシャルがあるので、給与体系が低く(もしくは辞める前提で)設定されているかも知れない。

たぶん、考え始めると無限に出てくる。ある人が、「フェミニズムとは差別を発見する学問である」と言っていた。それを真似するならば、男性が男性特権について考えることは、「自分が差別されていなかったことを発見する行為」になるのかも知れない。

2021年第一四半期(1月、2月、3月)振り返り

プロツイッタラーとしては四半期に一回ずつ自分の呟きを振り返る必要があると考えます。

2021年1月、2月、3月、わたくしはどういうことを考え、呟いてきたのでしょうか。

まず1月ですが、とにかく寒かったです。

1月上旬はとにかく最高気温がマイナスの日々が続いたソウルですが、この日は特に寒かった。

アナ雪に憧れて「少しも寒くないわ」とか呟いてたりもしましたが、正直死ぬほど寒かったです。死ぬほどというのは冗談じゃありません。この日ではないものの、死人が出ています。

https://news.kbs.co.kr/news/view.do?ncd=5078391

同じ外国人労働者として、胸が痛い事件でした。

寒いととにかくテンションが下がり、1月2月はあまり調子が出なかった記憶があります。それはお財布を見れば如実に表れてもいます。やはりアツシという名前をもって生まれてきただけあり、暑い季節のほうが調子が出るようです。

生まれるといえば、絶賛二世計画中なのですが、ふと妻の親戚に言われた上記の言葉を思い出してツイッターに書いたところ意外な反響がありました。いい話風に受け取ってくれる人もいれば、実はこの発言自体男性中心主義的でもあるという視点を教えてくれる方もおり、勉強になりました。

生活はともかく、社会、政治的な関心ごとについての呟きはどうだったでしょうか。同じく2月に、言語を通じて社会を考えるための呟きをしていました。

ええ、誤字ってますとも。(女偏が正しい)

韓国語はご存じの通りハングルで表記されます。ハングルは表音文字といって、例えば英語のアルファベットのように、音を示す文字の組み合わせによって言語を表現するのですが、これは漢字のような表意文字とは全く違う構成です。漢字のような表意文字は、とにかく字そのものに意味があり、発音は指定されないのです。まあ日本語を読める時点で分かりますよね。

ツイッター含めインターネットでは、ネトウヨがよく韓国語はハングルで表意文字なので、もともとの漢字語の意味が分からなくなっていて言語として断絶している、不完全である、みたいな暴論がよく見られるのですが、それに異論があるので呟きました。

漢字には確かに意味が込められている。しかし、それらは、何千年以上前に漢字が作られた時にはそれなりに意味があっても、現代社会ではむしろ有害なものも含まれているのではないか?

例えば嫉妬というのは、うらやむというネガティブな意味のある言葉ですが、嫉にも妬にも女偏が入っています。これは女性がそういうネガティブな感情の持主であるという古代の偏見の名残です。わざわざそうしたネガティブな意味を再生産する必要があるのでしょうか?別の漢字で置き換えてもいいでしょうし、あるいはまったく違う方法で表現してもいいはずです。

ハングルが出来た時点でも、漢字というのは出来てから数千年経っていたし、そもそも韓国語と中国語は語順など言語体系が大いに異なるので、漢字に固執する意味もあまり無かったはず。

そう考えると、韓国人が多くの言語、文字体系を研究して、漢字とは全く異なる文字体系を発明して自らのものとして採用したのは、やはり偉大だったと思うのです。その偉大さがいまいち日本では理解されていないので、分かりやすくフェミニズムに喩えて呟いたところ、結構反響がありました。

韓国の話やフェミニズムの話はツイッターでは燃えがちですが、特に最近はコロナもあって日本人も自信を無くしつつあるのか、以下のツイートもかなり反響がありました。

書いたままの意味ですが、あえて付け加えるなら、韓国語読みをすると別な印象も味わえるかも知れません。

また、この四半期は韓国語のオンラインコミュニティ(掲示板みたいなの)に僕の韓国語ツイートがデビューするという記念すべきクオーターにもなりました。

訳:[韓国永住権取得のための社会統合プログラムは時間もかかるし負担なので、21日隔離+ヨモギとニンニクを食べるというので永住権をくれればいいのに]

元ネタが分からない人は「檀君神話」で検索だ!

このツイートが・・・

https://bbs.ruliweb.com/community/board/300143/read/51193003

こうじゃ(한잘알 일본인=한국을 잘 알고 있는 일본인/韓国を良く分かってる日本人)

嬉しい!

これからは韓国でお笑い芸人を目指します!

あと、こんな韓国語ツイートも意外に反響がありました。

僕が韓国の女性と結婚した日本人男性だからか、よく聞かれるのが「韓国の女性は日本の女性と比較してどう?」という質問なのですが、僕は日本では女性にモテなかったし比較出来ないんだすまんな。女性は妻しか知らぬ。なんとか見つけた愛をつかむために海を渡ってきた。という内容です。非モテは国を棄てるくらいのガッツを見せないと幸せになれない。

さて、長い冬がようやく終わろうとしています。

これ、本当に不思議なんですが、ソウルの冬は東京とは比べ物にならないくらい寒いですが、終わるときはちゃんと終わるんですよねえ。本当不思議。で、冬の間はスーツにペディンを着ていたようなサラリーマンも、徐々に暖かくなるこの時期、一年でも短いこの時期、「コート」を着ます。コートを着れるのは本当にこの時期限定!いま必死になって着ているところです^^

あと反響があった呟きといえばこれですかね。

韓国で働きたいって人は結構いるんですねえ。まあ僕のフォロワーがそういう人たちなんでしょうけど。時代は変わった!

そうそう、ツイッターといえば最近、日記をつけるのにも活用しています。

「前の日の出来事を翌日の朝日記に書く」という運用なのですが、意外と面白くて続いています。日本語でつける週もあるし、韓国語でつける週もありますが、何となく頭の整理になるのでこれからもやってみようと思います。長く書く必要が無いのがツイッター日記のいいところでしょうか。

来週にはいよいよ4月!ようやく暖かくなってきたこの時期、どんな出来事が待っているでしょうか?今から楽しみです!

今週の #韓国ブロックチェーン (2021年3月15日週)

#ソウル市長選挙 #災難支援金 #コロナ #ワクチン #接種パスポート

仁川大公園に行ってきた

仁川大公園に行ってきました。

テーマパーク的な入り口。

湖があります。

湖が本当にきれいなんです。

隣の池はまだ凍っていました。

妻と池を3周ほど散歩し、私はジョギングしました。

こういうすすきのある風景ってすごく韓国っぽいですよね。

指輪のオブジェがあったので妻の手と撮影しました。

途中で近くのカフェに寄りました。

カフェの近くに、樹齢800年という巨大な銀杏の木がありました。

カフェから公園に戻ってみると、先ほどの湖に夕日が落ちていくのが見えました。

夕日がとてもきれいで、満足でした。